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 4章・規定の解釈変更とスキ突き 【4号機中期】 
 
 BIGとREGとSINの3種ボーナスしかなかった4号機に対し、中期になってようやく新ゲーム性が追加されます。

 そして、「規定の解釈を変更する」という手段で大量獲得を実現し、大量獲得ブームを迎えます。

 新しいゲーム性の構築と共に、サンダーVから始まった演出ブームもどんどん発展し、しばらくは各メーカーのアイディア合戦が繰り広げられます。

 本章では、その辺りの流れを中心に、多少の思い出も交えて語っていきます。


 
 【1】初めての4号機新ゲーム性 〜CT機登場とアルゼ訴訟

 サンダーVの登場により、次第に演出・告知時代へと移り変わっていきますが、業界側では、その前から4号機における新しいゲーム性を模索していました。

 というのも、完全確率のみのゲーム性では、「大工の源さん」や「ギンギラパラダイス」などに代表されるパチンコ爆裂機へ、どうしても人気を奪われてしまっていたからです。

 そこで、かなりの長期間に渡って「確変付きのCRパチスロが出る」という噂がまことしやかに流れ出します。


 余談になりますが、ちょうどその噂が蔓延している時期に、必勝ガイドの増刊誌「ウルトラパチスロ必勝ガイド」の創刊号で、初めてのCRパチスロ、
「CR金閣寺3」という機種が紹介されます。

  

 記事のトップでは、シマに満席のCR金閣寺がずらっと並び、コインは全員山積みでお祭り状態の写真が掲載されていて、凄まじい連チャンの実践データと共に、「確変をゲットするためにはボーナス告知時にボーナス絵柄をビタ押しすることが必要。成功すれば大連チャン」など、とんでもないスペックが長々と書かれていました。

 この記事は、最後の一行で「架空マシン」であることを告げますが、最後まで読まなかった販社やホールから、編集部に問い合わせが殺到しました。

 筆者も、最後を読むまで完全に騙された一人です(涙。本当によく出来た企画、記事でした。

 この架空マシンは、後年、高砂電器から
「必勝金閣寺物語」という機種名で、ストック機能を駆使した確変搭載機として現実化します。(ビタ押しうんぬんの仕様はありませんが)

  

 しかし、当時は「夢のスペック」だったはずのこのマシンも、既に市場ではそれを軽く凌ぐスペックを持ったマシンで溢れ返っており、残念ながら人気機種にはなりませんでした。

 ⇒ 参考記事 : 懐かしのぱちすろ名機列伝 「必勝金閣寺物語」


 さて、このCRパチスロは、実際に公安へ実現のお伺いを立てていたようですが、NGを食らってしまいました。

 もともとREGボーナスしか認めていなかったパチスロに対し、それが2回ないしは3回も無条件で続く「BIGボーナス」を特別に容認したという経緯が過去にあります。

 つまり、「BIGボーナス」を搭載するということは、既に確変機能を搭載しているものと見なされるため、その上、BIGボーナス自体が確変になるのは許されない、という理由です。


 しかし、それに代わるかのように、突然、新たなゲーム性が認められます。
 それが、4号機に初めて新たなゲーム性が加わることになる、
CT(チャレンジタイム)です。

 内容は、ボーナス時のCT抽選に当選すると、規定ゲーム数又は規定差分枚数をオーバーするまで、もしくはボーナスを引くまで、リプレイやボーナスを避ける制御以外はリールが無制御になり、小役を自由に揃えることが可能となるものでした(役判定はリール停止後に実施)。

 これは、クランキーコンドルから始まった「技術介入性」、「目押し重視」の概念が、ついに公式なゲーム性として発展を遂げたことを意味しています。

 CT中もボーナス抽選を行っているため、より早く規定差分枚数の上限近くまで獲得し、その後は、できるだけその枚数で維持されるように小役獲得を調整する、「CT維持打法(CT MAX打法)」が一般打法になりました。


 初めてのCT機は、1998年(平成10年)3月、サミーの
「ウルトラマン倶楽部3」(以下マンクラ)です。

   
(C)円谷プロ (C)BANPRESTO

 初CT機ということで話題を呼びましたが、それよりも、
「設定6のエクストラ設定」というスペックが、その後のパチスロシーンに多大な影響を与えることになります。

 機械割は120%弱と、爆裂時代から見ればたわいもない数値ですが、この頃のパチスロは設定6でも110%未満が主流であり、当時としてはこの思い切った機械割に万枚の可能性がほの見えて、非常に驚かされたものです。

 ⇒ 参考画像 : 懐かしのぱちすろ名機列伝 「ウルトラマン倶楽部3」


 再度、余談ですが、一般的に上記のように「初CTはマンクラ」と言われていますが、実は、初めて保通協の型式試験に適合し、検定を通過した機種はネットの
「クロスCT」でした。

   
(C)KENGO KAJI・NORIYOSHI INOUE

 しかし、発売されたのがマンクラの方が先だったため、たいていの雑誌では、初めてのCT機はマンクラか良くても併記されての紹介となっています。

 しかも、比較的目押しが簡単で知名度の高いキャラを使ったマンクラに比べ、目押しがかなりシビアでタイアップキャラも今ひとつマイナーだったクロスCTは、残念ながらマイナー機となってしまいました。

 たった数日程度の差で「初CT」の称号を逃したこのマシンは、特許出願が2時間遅れて「電話発明」の名をベルに取られてしまったグレイにも重なり、「初めての栄光なき名機」と(筆者は勝手に)呼んでいます。

 ちなみに、ネット公式HPの会社沿革には、「1998年3月: 業界初のCT機「クロスCT」を発売」と明記されています。

 ⇒参考記事 : 懐かしのぱちすろ名機列伝 「クロスCT」


 さて、その後、CT機は各メーカーから相次いで発売されますが、その中で稀代の名機
「アステカ」が登場します。

  

 CTスペック自体は他機種と大きく変わることはありませんでしたが、無制御をウリにしたCT機とは思えないほど、通常時のリール制御にこだわってマニアックな大量リーチ目を持つと共に、アルゼ系らしく通常時及びCT維持中に「技術介入」がほどよく盛り込まれていました。

 そして、ボーナス後に、LEDランプを利用した絶妙なCT抽選演出を採用し、揃えた絵柄でCT突入有無がわかってしまうマンクラとは異なり、ボーナス中も常に楽しんでプレイできました。

 技術介入機とは言え、目押しが苦手な初心者にとってもそれほどの損害はなく、また、マンクラ以上となる設定6の爆裂性も話題を呼び、万人に受け入れられて大人気になります。

 若干、敷居が高く感じられたCT機が、一般的なゲーム性として認知されたのは、アステカの功績と言っても過言ではありません。

 ⇒ 参考記事 : 懐かしのぱちすろ名機列伝 「アステカ」

 その後、新しい時代の波「大量獲得ブーム」が到来しますが、アステカによるCT人気に乗じて、CT機は各メーカーから細々と発売されていきます。


 ところが、突然、アルゼが「マンクラ」や「クロスCT」などに対し、CT機能の
特許侵害訴訟を起こします。

 日電協加盟の大きなメリットに「特許の共有」があるはずで、しかも、CTに関しては4号機共通仕様(当初、アルゼの方からCT特許の使用を各メーカーに勧めたらしい)であったため、完全な「暴挙」に見えました。
 
 しかし、その内幕には事情がありました。
 
 パチスロに関する多量の特許を所有するアルゼは、使用される特許に比較して日電協からの分配が少なすぎる、との主張をしますが、共有を原則とする日電協はこれを拒否します。

 そこでアルゼは使用料の徴収を独自に行い、各メーカーに個別で請求を行いましたが、当然各メーカーはこれを拒否し、従来通り日電協に支払いを行ないます。

 このような経緯で、CT特許も独自のものとの認識から、アルゼのCT訴訟問題へと発展していく事になりました。

 ちなみに、この時のアルゼの請求に対し、大東音響だけは受け入れたため、当時の大東のマシンにはアルゼの許諾証が貼付されています。

 まぁ、事情はどうあれ、これによりCT機はアルゼ系以外からは出ることはなくなり、いつしか忘れ去られる存在となります。


 結局、上記の訴訟は最近になってアルゼの敗訴が確定しましたが、アルゼの訴訟癖はここからスタートしました。

 その後、立て続けにいろいろなマシンに対して特許侵害の訴訟を起こし、特に4号機後期では、全くマシンを販売することなく訴訟に労力を使っているようにさえ見えました。

 最近では、最終営業日の2005/12/27という絶妙なタイミングで「北斗の拳」を訴えています。(売り上げの5%:210億円要求)

 ほとんどのメーカーが採用している内容(「AT機能」と「長時間未操作でBGM音量ダウン」)であるにもかかわらず、大ヒットした北斗だけを狙い打つのは、一般ファンから見ると、「なんだかなぁ」という思いしかありません。

 ただし、アルゼの言い分としては、以下の通りとなっています。

 ⇒ 参考記事 : アルゼ公式文書 「サミー株式会社への特許侵害訴訟提訴の件」
 
 ちなみに、アルゼが起こした他メーカーへの訴訟で、現在までに確定している分は、
全て「敗訴」です。

 ⇒ 参考記事 : 「こだわりスロ一覧・訴訟対象機種一覧」

 
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 【2】初めての規定解釈変更 〜大量獲得ブームとパチンコ店の変化

 4号機の中期以降では、RT/ATやストックなど、様々な機能が追加されていきますが、規定自体が変わっているわけではありません。その多くは、規定の「解釈変更」から成り立っているものです。

 CTの認可に少し遅れて、初めて
規定の解釈変更(新基準)が行われました。

 内容は緩和的なもので、簡単に言えば、「今までは取りこぼした小役の分を機械割に反映させていたが、それを反映させなくてもよい」というものでした。

 つまり、公式(検査での合否を決める)な機械割では「オヤジ打ち(フリー打ち)」、実際の機械割は「目押し打ち」でよいということです。

 これにより、BIG中に特定箇所を目押しすることで、規制機械割以上のモノ=「大量獲得機」を作れることになり、それまで、どう頑張っても400枚弱だったBIG獲得枚数を、500枚、600枚に引き上げることが可能になりました。

 新基準機としての第一弾はネットの「サハラ」でしたが、それは従来機とスペックがほとんど同じで、実際に500枚以上の大量獲得機として世に出たのは、1998年(平成10年)9月、サミーの
「貧ビン神様」でした。

  

 ⇒ 参考記事 : 懐かしのぱちすろ名機列伝 「貧ビン神様」


 ここから、
「BIG獲得枚数競争」が繰り広げられます。

 500枚程度の「貧BIN神様」、「ポッパーキング」に始まり、550枚程度の「B-MAX」、600枚程度で711枚も可能な「大花火」、そして最終形である、小役ゲーム1枚掛けによる理論上MAX・771枚可能な「しむけんG」。

 しかし、当たり前のようにBIG確率がどんどん下がっていき、さらに高設定の機械割が大き過ぎるため、店ではほとんどが低設定、というのもあり、ただただパチスロを荒波化するだけのものでした。


 大量獲得機で、最もブレイクしたのが1999年12月に登場した、アルゼの
「大花火」です。

 設定1でBIG確率:1/431と、従来では考えられないほどのヒドい確率でしたが、名機・花火の後継機というブランド感と、パネルや絵柄などの顔の良さから、設置当初から人気がありました。

  

 その人気に拍車をかけたのが、リプレイハズシを「初心者用」と「玄人用」に分けるアイディアでした。

 3連ドンハズシの場合でもそれほど大きな損害が無いため初心者でも充分楽しめ、その一方、BARビタハズシの場合は設定1でも期待値がプラスになるというプロ垂涎の甘さがありました。

 稼働が多ければ店も高設定を置きやすくなり、多数の設定5、6投入をエサに客を釣る、そしてまた稼働が増える、といった好循環により、最終的に約20万台というスーパーヒットとなります。

 実際に6を掴めば万枚の可能性が高く、多数の人が「アステカ」と並んで初万枚達成機種となったと思われます。

 ⇒ 参考記事 : 懐かしのぱちすろ名機列伝 「大花火」

 4号機新時代と呼べるこの規定解釈変更の内容は、後年の「RT(リプレイだけは確率変動OK)」と並んで、その後のパチスロ発展に大きく関与します。前者は爆裂化とATの基礎、後者はサイレントストックの実現方法として。


 余談ですが、この頃、業界にとってエポックメイキングな出来事が起こりました。
 規制緩和の一環として、従来、地域で統一されていた
換金率が「自由化」されたのです。

 これにより、「6〜8枚交換」主流だったのが、関西など一部の地域を除いて「等価交換」主流に変遷していきます。

 現状、さまざまなメディアで、必勝法などに関して「等価で打つのが最低条件」と言われていますが、低価交換主流の時代では「等価は近寄ってはいけない」というオール1が当たり前のボッタクリ店のイメージしかありませんでした。

 時代も変わり、マシン自体の波が荒くなったとはいえ、現在の「等価で設定6が普通に入る」状況を夢のような時代と思うのは筆者だけなのでしょうか?特に、「北斗の拳」全盛期は、等価で機械割120%ものマシンが当たり前のように毎日大量投入されているのは驚異的でした。

 それでも、最近の新台への不平不満が絶えないのは、パチスロのイメージが「負けて当たり前の高くつく遊び」から「儲かる可能性が高い(負けることは堪えられない)ギャンブル」に変遷した証しのような気もします。

 確かに儲けやすくなった反面、リーチ目を楽しむ独特なのんびりムードはそこになく、何か殺伐とした雰囲気が常につきまとうようになりました。


 そして、パチンコ屋の店員が気持ち悪いくらいに態度が良くなったのも、この少し前くらいからだと記憶しています。
 パチンコ店の増加により、店同士の競争が激しくなり、その差別化策が一般的になったのでしょう。

 以前は、入店時に「いらっしゃいませ」などと言われることはまずありません。それどころか、店員に若者はほとんど存在せず、たいていが「怖い系のおじさん」で、店員に逆らうことはとても無理でした(笑

 2006/5に施行された風営法改正で、地域により「店員による目押しが禁止になった」ことがよく話題になっていますが、この頃は「店員が目押しをしてくれる」という概念自体がありませんでした。店員どころか、友人など、本人以外によるボーナス揃えすら禁止している店が多かったくらいです。

 今では、まるでサービス業かのような接客の良さで、すっかり客の立場の方が上になりました。

 この「換金率の変化」と「サービスの異常なまでの向上」が、結果として、昔にはほとんど存在しなかった
「やりたい放題のウザい客層」を引き込んでしまった要因になっているような気がします。

 
 【3】初めての追加ライン 〜ボーナス抽選の高確率化

 新基準として大量獲得が可能となりましたが、同時に
追加ラインも認められました。

 実際のマシンが登場する前から7ラインのことは噂になっていたので、当初は、一体どんなモノなのか、さっぱり見当もつきませんでした。

 筆者は、なぜか、ガル僧氏の「7ラインのパチスロが出るそうだ。そんなものが必要なのか?パチスロは一体、どうなってしまうんだ?」みたいな怒りのコメントを出していたのが印象に残っています(笑


 さて、実際に出てきたマシンは、小山型と小谷型の2ラインが追加されるという、案外あっけないものでした。

 初めての機種は、1998年(平成10年)10月、山佐の
「ドクターA7」「アストロライナー7」でした。

     

 ⇒ 参考画像 : 懐かしのぱちすろ名機列伝 「ドクターA7」


 7ラインにするメリットは、「ボーナス抽選確率を高確率化できる」ということです。

 その理由は長くなるので、別ページにまとめました。興味のある方はご参照ください。

 ⇒参考資料 : 本サイト 「Bタイプと追加ライン機のボーナス抽選確率が上げられる理由」


 ただ、スペック自体は従来マシンと同様にしなければいけないため、通常時のコイン持ちを悪くしたり、BIG獲得枚数を減らしたりして、機械割を調整していました。

 ちょうど大量獲得機の対極に位置づけられるもので、特にネットが意欲的に7ライン機を発売していましたが、一般にはあまり受けず、大量獲得ブームに押されてしまいます。


 しかし、時を経て、サイレントストック機が台頭してくると、皮肉にも「高確率でボーナスが引ける」という本来の目的以外で7ライン機が注目を浴びることになります。

 ストック切れを想定しないマシンにおいては、ボーナスの内部抽選確率をアップさせられる有効手段だったからです。
 ストック機に7ラインが多いのは、このためです。

 
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 【4】初めてのリール外演出 〜百花繚乱のアイディア

 規定解釈変更により新たなゲーム性が追加されていきますが、サンダーVの大ヒット以降、新ゲーム性と並行して、「凝った演出」というものが各マシンのキラーフィーチャーになっていきます。

 もはや、リール制御(出目)だけの演出では通用しなくなり、
リール部以外の演出が一気に発展していきます。


 まず先陣を切ったのが、1998年(平成10年)3月、デジタル(7セグ)を告知機能に使用した、岡崎産業の
「スーパージャックポット」でした。

  

 ボーナス成立ゲームに限って第3リール停止時にデジタルが回り、「7」だったらBIG、「3」だったらREGといった、現在から見ると超単純な機能ですが、当時としては革命的な機能でした。

 何しろ、それまでは、ほぼリール部と告知ランプだけの世界だったんですから。

 また、デジタルが回る際の「キュイ キュイ キュイーン」という刺激的な告知音も、非常に斬新でした。

 ⇒ 参考記事 : 懐かしのぱちすろ名機列伝 「スーパージャックポット」


 そして、各メーカーから立て続けに、いろいろなアイディアが出てきます。

  ○1998年10月 
ビーナスライン(オリンピア) : ドット搭載とそれを活用した通常時の小役ナビシステム

  

   LEDを8個ほど使用した簡素なドットマトリックス。初めての本格的ドット演出はナイスデイワールドになります。
   リールを止める前に、視覚上での演出が発生するのはこれが初めてです。

   ⇒ 参考記事 : 懐かしのぱちすろ名機列伝 「ビーナスライン」

  ○1999年01月 
マックスボンバー(サミー) : リールを4段にし、8ラインを実現

  

   初めて3×4のリール構成で非常に斬新でしたが、リール制御に無理があって人気は今ひとつでした。

   ⇒ 参考記事 : 懐かしのぱちすろ名機列伝 「マックスボンバー」

  ○1999年07月 
シーマスターX(山佐) : 演出用4リール搭載

  

   これも、マシンよりも先に噂が先行し、実際のマシンが出てくるまでさまざまな憶測を呼びました。
   フタを開けたら、自分で停止できないただの演出リールでした。

   ⇒ 参考記事 : 懐かしのぱちすろ名機列伝 「シーマスターX」

  ○2000年01月 
ゲゲゲの鬼太郎(サミー) : 液晶搭載

   
(C)水木プロ・ソフトガレージ

   パチンコでは既に常識だった液晶が初めて搭載され、ゲーム性が無限に広がりました。
   と同時に、このマシンから「サブ基板」の搭載が認められ、その後のパチスロに甚大な影響を与えます。

   ⇒ 参考記事 : 懐かしのぱちすろ名機列伝 「ゲゲゲの鬼太郎」

  ○2000年08月 
ガイキッズ(平和) : 役モノ搭載(ガイコツ人形)

  

   ガイコツ人形の踊りの激しさでのボーナス当選、及びボーナス種別が告知されました。
   何らかの物体が可動する演出は、これが初めてとなります。

   ⇒ 参考記事 : 懐かしのぱちすろ名機列伝 「ガイキッズ」

  ○2000年09月 
リアルボルテージ2(アルゼ) : 制御ボタン搭載

  

   ファミコンのようなボタンが搭載され、リーチ目やボーナス履歴の確認、さらにはミニゲームなどが出来ました。
   他にも、ストップボタンの色変化演出や、片方向のみのスピーカー音演出など、凝りに凝った機種です。

   ⇒ 参考記事 : 懐かしのぱちすろ名機列伝 「リアルボルテージ2」


 その他、演出用4リールのストップボタン(ギガフィーバー)、パトランプ(島唄-30)、全面液晶(ネオプラネットXX)など、挙げればキリがないくらい、新機種には
何らかの演出アイディアが詰め込まれていました。

 その最終形として、液晶と役モノを組み合わせ、高次元の演出を実現した「吉宗」のシャッター液晶につながっていきます。


 
 【5】初めての規定のスキ突き 〜大都技研の革命 

 1999年(平成11年)11月、それまで単なる一マイナーメーカーだった大都技研から革命的なマシンが登場します。

 それが、
JAC IN持ち越しを実現した「バンバン」です。(業界用語では「シフト持ち越し」と言います)

  

 成立したJAC INフラグを逆押しによってストックすることが可能で、順押しすることでストックしていたJAC INフラグを任意に放出することが可能となっており、必ず、小役ゲームを30G目まで行うことが出来ました。

 ポスターに記載されていたマシンのキャッチコピーは、ズバリ「せっかくの小役ゲーム、最後まで楽しみたいと思いませんか?」でした。(筆者記憶)

 もちろん、その機能を活かすべく、BIG中には小役によってコインが増えるんですが、これがまた絶妙なアイディアで、左リールビタ押しが成功すれば15枚役、失敗しても10枚役が取れるという、技術介入機でありながら、当時としては画期的な「救済措置」をも取りいれました。

 ⇒ 参考記事 : 懐かしのぱちすろ名機列伝 「バンバン」


 「(某デザイナーによる)パネルと絵柄以外は見るべき所が無い」と言われていた大都技研は、このマシンで一躍、全国に名を轟かせることになります。

 しばらくは大都技研の後継機だけに適用される機能でしたが、2002年1月、山佐が「大量獲得と組み合わせる」という新しいアイディアを加えて採用し、「いつでも誰でも711枚」というキャッチコピーの「カンフーレツデン」を発売、そのスペックが人気を博すと、その後、711枚タイプに必須な機能としてさまざまなマシンに取り入られました。

 元祖の大都技研は、2002年9月、「カンフーレツデン」を倣った711枚タイプの「シェイク」を発売、後にその後継機である
「吉宗」という歴史的名機を生み出すことになります。

  

 ⇒ 参考記事 : 懐かしのぱちすろ名機列伝 「吉宗」

 大都技研をメジャー化させたその革命は、時代を経て、サミーと並ぶ2大パチスロメーカーの一角として出世させることにもなりました。


 さて、このJAC IN持ち越し機能、実は規定で認められているわけではありません。
 規定には、「持ち越しはボーナスフラグのみ可」とあるだけです。

 これは、「JAC INフラグはREGボーナスフラグみたいなもんだし、問題ないよね?」という理論を押し通したものです。

 いわゆる
「規定のスキ」を突いたもので、規定違反には厳しい警察としても、規定に違反していない(と思われる)のでそのまま見逃す、という対応を取りました。

 このような規定のスキを突いた理論は、後の「ボーナスフラグのストック」、「ボーナスフラグの消滅」や「爆裂AT」、「順押しでのリプレイ揃い無し」等へと発展し、最終的には長期間続いた4号機時代を終焉させるきっかけになっていきます。


 
 
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